千年の京都に出会う~伊と幸~
いのちの糸を未来へ ― 純国産絹がつなぐ京都の営み
千年の文化と出会う旅へ。
千年の都・京都は、四季の移ろいとともに姿を変えながらも、文化の根を静かに守りつづけてきました。
旅人が京都を歩くとき、そこで触れるのは景観や伝統だけではなく、人々が紡いできた営みと、素材の一粒にまで宿る“文化の時間”です。
本特集「千年の京都に出会う」では、“目に見えにくい文化の継承”に取り組む事業者を訪ね、リジェネラティブ・ツーリズムの本質──地域と共に未来を育む姿──を探ります。
今回訪ねたのは、純国産絹にこだわりつづけてきた老舗メーカー「伊と幸」。
織物文化が根づく京都で、白生地からインテリアまで幅広い世界を切り拓いてきた同社には、自然と人の営みが丁寧に結ばれた“絹文化の現在地”が息づいていました。
このプランの特徴
◇純国産絹を守り続ける、京都の白生地メーカー
1931年創業の株式会社伊と幸は、着物の“白生地”を専門に扱う京都の老舗メーカーです。
日本画家でもあった創業者・伊藤幸治郎氏の美意識を源に、筆先の流れを紋様に移す独自の図案づくりを続けてきました。
1996年には、繭から白生地まで一貫した国産絹ブランド「松岡姫」を確立。純国産絹が国内流通量のわずか0.2%未満という現代において、JA養蚕農家との契約生産を続ける数少ない企業でもあります。
一方で、絹とガラスを合わせた「絹ガラス」「絹障子」など、インテリア分野にもいち早く展開。伝統技術と現代の空間美をつなぐ挑戦を広げながら、絹文化の価値を国内外へ発信しています。

「松岡姫」の原料となる国産繭(画像提供:株式会社伊と幸)
◇地域文化をひらく、絹の学び舎として
伊と幸が本社に併設する「絹の白生地資料館」は、商売を目的とした場ではなく、素材としての“絹そのもの”に目を向けてもらうための文化施設として、すでに10年以上の歴史を重ねています。
展示は日本語と英語に対応し、海外からの来館者も数多く訪れています。地域の文化資源として、住民や旅行者が「素材の背景にある物語まで知る」ことのできる学びの場になっている点が特徴です。また、耕作放棄地の増加が進むなかで、桑畑を守り続けることにも強い使命感を持っています。
「1人の着物姿をつくるために必要な桑畑は約78坪。人と自然がともに歩んできたリズムそのものが養蚕文化です」と北川代表は語ります。地域景観の保全、職人との継承関係、自然と調和した生産体制――。
その一つひとつが、「地域とともに生きる」という伊と幸の企業姿勢を伝えています。
本社内に併設されている「絹の白生地資料館」(画像提供:株式会社伊と幸)
◇職人の技と現代の知恵が紡ぐ、新しい和のかたち
伊と幸の白生地づくりは、創業以来「手描きの図案」から始まります。
日本画の筆先が生むごくわずかな揺らぎや余白を“味わい”として生かし、手描きの図案をスキャン。デザインソフトを経て、織物専用プログラムへと変換することで、伝統技法と現代技術を滑らかにつないでいます。精練の工程では、3時間お湯で煮て糊を落とすことで絹糸本来の張りが引き出され、強撚糸の撚り戻りと合わさって、ちりめんが持つ独特のシボ(凹凸)が生まれます。この自然な表情こそ、素材と手仕事が響き合う証です。
「どの生地が一番良いかというご質問には答えがありません。それぞれにふさわしい場面があり、お客様の思いによって完成するものだからです」と北川代表は語ります。こうした工程の背後には、代々つながれてきた職人たちの技術と感性のネットワークがあります。
養蚕農家、製糸工場、撚糸、染め、織り、金彩、図案――。
白生地一反が生まれるまでには、多くの小規模事業者や熟練の手が連なり、互いを信頼し合う“地域のバリューチェーン”が存在します。和装市場が縮小する中、このバリューチェーンを絶やさないために、伊と幸はインテリア資材という新たな需要を生み出しました。
白生地や染めの技法を応用した「絹ガラス」や「絹パネル」は、ホテルや旅館の空間に採用され、京都の景観条例にも調和するやわらかな色合いを生み出しています。伝統の職人たちの技が活かされる場を増やすこと。
その技術が次の世代へ受け継がれる経済の仕組みをつくること。その積み重ねが、伊と幸の“現代における文化継承”であり、新しい和のかたちを紡ぐ京都企業としての姿といえます。

筆で描かれる図案の制作風景(画像提供:株式会社伊と幸)
◇若い手を迎え、未来へ続く文化の循環へ
伝統工芸の分野では、若手の就職先不足や工房の減少が深刻な課題となっています。
伊と幸では、早稲田大学卒業後に伝統工芸校へ進んだ社員や、海外にルーツを持つ学生の研修受け入れなど、多様な背景をもつ若い世代が活躍しています。しかし、その力を受け止めるためには「需要をつくること」が欠かせないと北川代表は言います。「学びたい若者はたくさんいます。でも、使い手がいなければ続けられない。だからこそ、インバウンド市場は大きな希望なんです。」
実際、海外富裕層の来訪は年々増加し、通訳ガイドと連携した“文化案内型”の接客体制も整いつつあります。オーダーメイドのシルクローブの需要も広がり、価格は透明化して誰が見ても同じ条件で購入できるようにしています。こうした仕組みづくりは、従来の流通の課題を見直し、着物業界全体の信頼回復にもつながっています。
目立つわけではなくても、確かな信頼関係が続いていくこと。
その積み重ねこそが、京都の長い時間軸を支える真のサステナビリティだといえます。

海外顧客向けワークショップの様子(画像提供:株式会社伊と幸)
◇まとめ ― いのちの糸を、未来へつなぐために
お蚕は、2日間以上もの間糸を吐き続け、1.2kmから成る繭を作ります。
その命の糸を受け取り、丁寧な工程を経て白生地へと仕上げ、
さらに職人や使い手の手を渡って文化となる――。
伊と幸の仕事には、そうした“見えない循環”への深い敬意が宿っています。北川代表は、国産絹が現在ほとんど残っていない状況に触れながら、こう語りました。
「ゼロになってしまえば、“1”はつくれません。でも“1”が残っていれば、2にも3にも広げられる。」
これは、国内の養蚕・製糸・織りといった技術が“完全に途切れないように守ること”の大切さを示す言葉です。京都の魅力は、目に見える美しさだけではなく、
自然・人・技が長い時間をかけて積み重ねてきた表には出にくい蓄積にあります。
伊と幸はその蓄積の中で、細くとも強い「いのちの糸」を守り、
未来へ手渡す経済と文化の仕組みを紡ぎ続けています。
白生地(画像提供:株式会社伊と幸)
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