千年の京都に出会う~柊家~
控えめに、さりげなく。京都の心を照らす宿
千年の文化と出会う旅へ
千年の都・京都は、四季の移ろいとともに姿を変えながらも、文化の根を静かに守りつづけてきました。
旅人が京都を歩くとき、そこで触れるのは景観や伝統だけではなく、人々が紡いできた営みと、素材の一粒にまで宿る“文化の時間”です。
本特集「千年の京都に出会う」では、“目に見えにくい文化の継承”に正面から向き合う事業者を訪ね、リジェネラティブ・ツーリズムの本質──地域と共に未来を育む姿──を探ります。
今回訪ねたのは、麩屋町通に静かに佇む旅館「柊家」。
その歩みとおもてなしの背景を、
代表取締役の城島舞さんと、常務取締役の城島和樹さん、そして取締役 大女将の西村明美さんに伺いました。
「控えめに、さりげなく」という京都の美意識を体現し、地域とともに文化を静かに紡ぎ続けてきたその姿勢に、京都らしさの核心が息づいていました。
このコンテンツのSDGs分野
◆ 柊家とは
創業は江戸後期。明治、大正、昭和、平成、令和と、京都の町とともに歩みを続けてきました。
代表取締役・城島舞さんは、「私たちは企業である前に、市民の一人である」と語ります。
旅館を訪れる人に地域の文化を伝えること、それが旅館業の役割りだと考え、景観保全や地域との共生に取り組んできました。「姉小路界隈を考える会」を町内の人たちと一緒に立ち上げ、看板や建物の高さなど景観のルールを守りながら、新しい事業者を迎えるための話し合いを重ねています。
“地域とともに育ってきた”という思いが、柊家の原点です。

麩屋町通に静かに佇む柊家。町家の景観を守り続ける象徴的な佇まい(画像提供:柊家)
◆ 地域社会と共に育つ取り組み
柊家が位置する姉小路界隈は、京都らしい木造家屋と細い路地が続く街並みです。
この地域では、住民と事業者がともに景観を守るため「姉小路界隈を考える会」を組織しています。柊家もその一員として、新たに入る店舗の看板・建物高さ・景観配慮を事前に“面接のように”話し合う仕組みづくりに参加しています。
地価上昇や人口流出が進む京都の中心部では、町家がなくなりつつあり、高層建築が建つサイクルが加速しています。舞さんは、その現状に強い危機感を持っています。
「町家が大切と言われても、維持の責任は個人に任されている。
手放さざるを得ない人も多い。だからこそ、周りが支える仕組みが必要なんです」
地域に“住み続けられる場所”を残すことは、観光地としての京都を守ることでもあります。
柊家は、旅館としての営みとともに、地域の暮らしの文化の安定と景観の維持に重きを置いています。
◆ 人のぬくもりによって心安らぐ宿をめざして
文化財である木造建築の柊家は、現代的なバリアフリー設備を完全には導入できません。
しかし、できない部分をそのままにするのではなく、人の手による“補い”こそが柊家の大切にしてきたことです。
- 例えば、
- ・玄関の段差はスタッフが手を添えてサポート
- ・館内用の車椅子を準備し、部屋の割り振りや誘導も柔軟に対応
- ・足の悪い方には椅子・テーブルでの食事提供、組み込み式ベッドの活用
などに取り組んできました。
また明治時代など外国語が今よりも通じない頃から外国からの旅人には、心の通い合いを大切にしてきました。
外国語が不得手でも積極的にコミュニケーションをとり、“人のぬくもりで伝える”おもてなしが自然に行われています。
文化の違いから起こる注意事項(入浴剤の使用、床の間の扱いなど)も、
単に「貼り紙で禁止」するのではなく、会話の流れでそっと伝える。
旅人に恥をかかせず、地域にも迷惑をかけないための、京都らしい配慮です。
◆ 伝統を現代につなぐ技と哲学
畳の香り、高野槇の湯船、所作の美しさ──。柊家が守るのは、観光的な演出ではなく生活文化としての日本のしつらえです。
象徴的なのが、チェックインからチェックアウトまで一人の客室係が担当する接客。
コストや効率ではなく、「お客様の心を察すること」を最優先にする柊家の伝統で、スタッフの所作や声掛けに至るまで、滞在全体の統一感と安らぎを生み出しています。
建物も、二階建ての木造を大切に手を入れながら維持し続けています。
高層化すれば収益は上がるけれども、敢えてしないのは、年月を経てつくられてきた文化、無形の価値を未来に手渡したいという思いから。
畳、漆、左官などの職人技を使い続けることも同様です。
安価な代替材はいくらでもあるなか、「本物が醸し出す空気」を守るために、手間とコストを惜しまず文化を継いでいます。

木の香りが満ちる浴室。日本の生活文化を伝えるために受け継がれてきたしつらえ(画像提供:柊家)
◆ 職人とともに文化を編む ― 「柊家会」
柊家の支えとなっているのが、長年の取引先が集う「柊家会」。
年に一度の食事会や、時には旅行も行うなど、単なる取引を超えた“人としての関係”を育んできました。
舞さんは言います。
「不誠実な仕事は、お客様に迷惑がかかる。
同じ思いを共有できる誠実な方々と宿を作っていきたいと思います」
取引先の花屋が「京都に恥をかかせるわけにはいかない」と季節の花を求めて野山を走るように、
柊家の背後には、文化を背負う職人たちの誇りと責任が息づいています。
◆ 旅館を文化の入口にする
コロナ禍を機に、柊家は「日本文化体験の入口」として旅館を宿泊だけでなく楽しんで頂く魅力を広げています。
- 例えば、
- ・「竹の間」「絹の間」の貸し出し
- ・柊家ゆかりの展示企画(藤の間での仏像美術や染めの作品の企画展示など)
- ・伝統技能による館内企画
などを実施しています。
能などの伝統技能のパフォーマンスは、
“本物を感じる”場を旅館内につくる試みとなり、宿泊者にとっても数多く能舞台がある京都の地域文化への新たな入口となっていきます。
舞さんは言います。
「柊家へ来て初めてのいつもと違う京都を実感することにつながると嬉しい」
旅館は単なる宿泊施設ではなく、
文化が生まれ、受け継がれ、旅人と出会う場として機能しているのです。

館内の「藤の間」にて行われる展示企画。旅館を文化の入口として開く取り組み(画像提供:柊家)
◆ 誠実な経営と“育ててもらう”関係
お客様から頂くアンケートは“成長の糧”として大切に読み込む習慣が続いています。
また、「お客様におくつろぎいただき柊家ならではの安らぎを提供できているか」を常に従業員も一緒に考えています。
舞さんは語ります。
「柊家に期待していただいている美しいと思うものを伝えつなげる思いがあります。
伝えつなげ続けるためには、お客様に“心地よい”と感じてもらえなければ何も残らない」
柊家のおもてなしは、旅人に“育てて頂く”関係性の中で磨かれてきたものなのです。
◆ 京都を照らす静かな覚悟
京都は今、町家の減少、景観の変化、観光客の一局集中、住民流出など多くの課題に直面しています。
しかし舞さんは、静かにこう言い切ります。
「目先だけではなく長い目でみたうえでの価値、私共だけではなく支えてくださる方や地域にとっても何が良いかを考え、美しいと思うものを伝えつないでいきたいと思っています。」
柊家の営みは派手ではありません。
けれども、その“控えめで、さりげなく”という姿勢こそが、京都の文化を未来へとつなぐ確かな灯火となっています。
◆ 旅人の心に残るもの
柊家の営みは、単なる宿泊を越えた“文化そのものの継承”です。
地域とともに育ち、人の手のぬくもりに支えられたおもてなしは、本来この土地に根づいてきた旅のあり方そのもの。
そこには、「育てる」「支え合う」「信じる」という京都の暮らしの知恵が息づいています。
この宿に灯る明かりは、過去から未来へ続く京都の心そのもの。
訪れる旅人の心にも、静かに、温かく、その灯がともります。

畳と木の温もりが満ちる客室。京都の生活文化が息づく落ち着いた空間(画像提供:柊家)
関連記事:特集号「千年の京都に出会う」
下鴨神社糺能保存会~糺能(ただすのう) — 下鴨神社・糺の森を舞台に行われる能の祭事~
ノーガホテル清水京都~“日常に潜む特別”を、地域とともに紡ぐ宿~
