千年の京都に出会う~ノーガホテル 清水 京都~
“日常に潜む特別”を、地域とともに紡ぐ宿
千年の文化と出会う旅へ。
千年の都・京都は、四季の移ろいとともに姿を変えながらも、文化の根を静かに守りつづけてきました。
旅人が京都を歩くとき、そこで触れるのは景観や伝統だけではなく、人々が紡いできた営みと、素材の一粒にまで宿る“文化の時間”です。
本特集「千年の京都に出会う」では、そんな“目に見えにくい文化の継承”に真正面から向き合う事業者を訪ね、リジェネラティブ・ツーリズムの本質──地域と共に未来を育む姿──を探ります。
今回紹介するのは、東山・清水のまちなかに佇む
「ノーガホテル清水京都」。
旅の情緒と現代的な感性を兼ね備え、地域文化のハブとして存在感を深めるホテルです。
街の日常に寄り添いながら、工芸や文化、人との関係を丁寧に育んできた同ホテルを訪ね、その歩みの背景をホテル総支配人の大川和哉さんと運営統括部企画推進課の阿形玲奈さんに伺いました。
このコンテンツのSDGs分野
◇ノーガホテル清水京都とは
古都の中心・東山の地に2022年に誕生したノーガホテル清水京都は、「地域との深いつながりから生まれる素敵な経験」をブランドコンセプトに掲げるライフスタイルホテルです。
ロビーはお茶屋の数寄屋造りを思わせるしつらえで、壁を設けず開放的な空間をつくり、旅人と地域の人が自然に混ざり合う“場”として機能しています。
さらに、敷地内にあった歴史的建造物は地域の声を受け止め、解体後に同じ位置と構造で忠実に再現。景観を守る選択が、地元からの信頼を育てるきっかけとなりました。
ホテルの1階にはベーカリーカフェを併設し、地元の人にとって「普段づかい」ができる場所として地域に開かれたホテルのつくりになっています。

数寄屋造りの意匠を取り入れたロビー(画像提供:ノーガホテル 清水 京都)
◇地域と連携して価値をつくる仕組み
ノーガホテル清水京都がこの場所を選んだ背景には、「観光のど真ん中ではないからこそ、この街と一緒に価値を育てていきたい」という思いがあります。
ホテル開業前からスタッフ自ら街を歩き、周辺の工房や店、人とのつながりを手作りのマップとして可視化。外部委託に頼らず、自らの足で地域を理解し、物語を編む手法はこのホテルならではです。
開業当初から、清水焼の若手作家、地元企業、地域団体と協働し、アートイベントの会場提供やワークショップ開催、町内の行事への参加など、“地域の一員”としての関わりを深めてきました。地蔵盆の手伝いや東山観光道路の清掃活動では、ホテルスタッフと地域組織が肩を並べる姿が見られます。高齢化が進む地域にとっては貴重な担い手であり、スタッフにとっても地域を理解する学びの場になっています。
こうした日常的な連携は、宿泊者にとっても新しい体験価値につながっています。
ガイドブックに載らない小さな工房や店との出会い、地域行事の空気を間近で感じる瞬間、スタッフが自ら歩いて見つけた“その人ならではのおすすめ”に触れること──旅人は、上辺だけの「観光」ではなく、この街で営まれている暮らしや人の温度にふれる体験を得ています。
地域の風景が観光資源ではなく“生活の続き”として感じられることが、ノーガホテル清水京都ならではの価値となっています。

東山の町内会と共に行う清掃活動。世代を超えた交流が生まれる(画像提供:ノーガホテル 清水 京都)
◇伝統を現代の宿泊体験に活かす工夫
ノーガホテル清水京都は、「Recreating KYOTO ― 型破りな京都に出逢う。」をテーマに、開業以来、地域の若手クリエーター達と様々な取り組みを行ってきました。その象徴的なプロジェクトの一つが、2026年5月から開始予定の、清水焼の若手作家10名とのコラボレーションによる客室への作品設置です。
ホテルのテーマは、京都に根づく伝統をそのまま“守る”だけでなく、現代の視点から新しい角度で捉え直し、今の旅人に届くかたちで提示していこうというホテルの姿勢を表したものです。従来の“典型的な京都らしさ”ではなく、「今の京都」に息づく多様な価値観や表現を尊重し、その魅力を再発見してもらいたい──そんな思いが込められています。
作品づくりでは、デザインを作家に全面的に委ね、ホテル側は“舞台”として寄り添うだけにしています。伝統を形式としてなぞるのではなく、若い作家の感性によって再解釈された京都の表現が、そのまま作品となって宿泊客と出会う。各客室にランダムに配置された器やオブジェは、旅の体験にさりげなく個性と地域性を加えることでしょう。
また館内では、地域の工房が制作した案内プレートを取り入れ、素材や技術を“飾る”だけでなく“使う”ことで息づかせています。たとえば2025年9月からペットボトルの利用を廃止し、全客室にウォーターサーバーを導入することで、年間約9,000本の削減につなげているのですが、その取り組みの意図を伝える説明プレートは、清水焼の「TOKINOHA」さんに依頼したものです。「なぜペットボトルを置かないのか」というメッセージを器とともに示すことで、環境への配慮が自然に体験に組み込まれています。

工芸作家の作品づくりを支える「舞台」としてのホテル(画像提供:ノーガホテル 清水 京都)
◇信頼関係を軸にした組織づくりと地域貢献
地域文化を守ることは、ホテルひとつでは完結しません。
だからこそノーガホテル清水京都は、適正な対価で職人やお店と取引すること、約束を丁寧に守ること、そして相手の「本当はこうしたい」という思いにきちんと耳を傾けることなど、目に見えにくい部分での誠実な関わりを大切にしてきました。
こうした姿勢は、スタッフとの関係づくりにも一貫して表れています。採用では「好きなことを自分の言葉で語れるか」を重視し、その人の個性や熱意を尊重する文化を育てています。この結果として、継続性のある運営を支える土台にもなっています。
さらに、スタッフが地域の祭礼やイベントに参加したり、売上の一部を地域活動に還元するドネーションボックスを設置したりと、ホテルの枠を越えた取り組みも続けています。こうしたホテルを超えた活動を支えているのが、ノーガホテル清水京都が参画している「アップサイクルライフ東山エリアマネジメント協議会」です。
この協議会は、行政と地域の宿泊事業者が中心となり、立ち上げられたものです。人口減少や観光公害、地域行事の担い手不足など、東山エリアが抱える課題に対し、立場を越えて対話し、具体的な行動につなげていくことを目的としています。ノーガホテル清水京都も、地域の一員として継続的に議論に参加しています。
この協議会から生まれた成果のひとつに、協働してまとめたヴィジョンがあります。
ここには、「地元を幸福にする持続可能な観光業の実現」、「文化と暮らしの保全と発展」、「清潔で健全な環境の維持」といった理念が示され、東山エリアを未来へと引き継ぐための共通指針を示しています。
ノーガホテル清水京都は、この協議会に積極的に関わり、地域課題の把握から具体的な行動の実施まで、ホテルとしてできる役割を模索し続けています。こうした地道な積み重ねが、ホテルを「この街にあってよかった」と感じてもらえる存在へと少しずつ育てているのです。

スタッフの様子(画像提供:ノーガホテル 清水 京都)
◇まとめ
ノーガホテル清水京都は、華美な演出に頼らず、地域の文化や人の営みに静かに寄り添う姿勢を通じて、“京都の本質”を丁寧に伝えようとしています。
伝統と現代のあいだを行き来しながら、新しい京都のあり方を模索し続けるその姿勢は、地域の文化と暮らしを守り育てながら旅の価値を高めていく取り組みそのものです。
「国際認証だけでは測りきれない、地域の地道な取り組みにこそ価値がある」。
インタビューで語られた言葉には、京都が長く大切にしてきた考え方が重なっていました。
旅人にとって、ノーガホテル清水京都は“宿泊のための施設”にとどまらず、地域文化を次世代へつなぐ一つの拠点となる存在です。
今後もノーガホテル清水京都は、地域との協働を続け、このエリアの文化と暮らしを支える役割を果たしていくはずです。
